****2018年 6月号****
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≪ 紫陽花 ≫ 08 2018年 6月 1日(金) : 早くも水無月となりました . ・・彩とりどりのアジサイが咲きました・・ |
昨日の雨の所為か 紫陽花が一斉に 咲きました |
事務所の近くの 路端に咲く アジサイ |
雨上がりの陽光に 照らされて 少しまぶしそうです |
紫陽花には 色んな 別名があります |
花があつまり 毬の様になっているので 手鞠花 |
さまざまな姿で 八仙花 |
色とりどりに 七変化 |
華やかな 雰囲気を漂わせ |
きりっと 清楚な面持ちも |
さまざまな表情を 魅せてくれる 紫陽花 |
茶道で 御銘に使われる時は 四片(よひら)と 呼ばれます |
数奇の世界で使われる 紫陽花 |
侘び寂の せかいに花咲く よひらかな・・ |
とっても 日本的な花です |
≪ 新たなチャレンジへ ≫ 07 2018年 2月 吉日(木) : 仲間の旅立ちを祝う会 . ・・割烹「肴や純しん」で開催しました・・ |
10年以上一緒に色々な プロジェクトに取り組んできた仲間の 旅立ちを祝う会を開催しました 会場は昨年近くにオープンした 割烹の店 『肴や純しん』 |
昨年事務所を移転するまでお世話になった テナントビルのオーナーさんと 木造建築のプロフェッショナルな作り手も参加 HFD宴会のいつものメンバーが 集りました |
大津の割烹で修行された純しんさん 洗練された料理も器も美しい |
珍しいサッポロラガービール「赤星」 味わい深くコクのあるビールです あまりお酒を飲まない旅立つ仲間も このビールだけは飲めてほろ酔い・・ |
『肴や純しん』の名前だけあって 刺身は絶品 |
仲間の母の実家が能登半島にあるので 新鮮な肴は必須です 10年余りのいろいろな話で 席は大いに賑わいました |
7時から始まった宴も 気がつけば11時を過ぎていました 今後のお互いの健闘を祈念し 新たな旅立ちを祝う会をお開きとしました。 また同じメンバーで宴を開くことを誓って・・ ガンバロー!! |
≪ 桂九雀のこびらい寄席 ≫ 06 2018年 2月 18日(日) : 第8回を開催しました . ・・古典落語の『千早振る』と『親子茶屋』・・ |
小春日和の日曜日の午後 8回目となった しが健康医療生協のこびらい寄席を 開催しました 桂九雀さんの ますますパワーアップした 落語を堪能 お囃子は 師匠のおかみさんの高橋まきさん |
古典落語の『千早振る』は 在原業平の歌 「千早ふる神代も聞かず竜田川 . . からくれないに水くぐるとは」 これをご隠居さんが珍解釈をする 落語です。 大津にある近江神宮での カルタ大会の話からいつの間にか本題に・・・ |
しが健康医療生協の 生協ホールのキャパは100名 毎年満席となります 最初は座布団で上演していたのですが さすがに板の間に座布団は、ちと辛い!! 第6回目からは レンタルで長椅子を借りて開催 着物でお越しの常連さんも 楽に聴いていただける様になりました |
中入り後の2題目は『親子茶屋』 放蕩息子の若旦那に、毎日小言の大旦那 「飲む打つ買う」はまかりならん! と説教し、用事で出かける 用事を終えた帰り道 吉原の夜桜を見に馴染みの茶屋へ ついつい2階で、お座敷遊びに興じる・・・・ |
懲りずにお茶屋へ来た若旦那 賑やかな2階の座敷に仲間入り 隠れた扇子から顔を出すと そこに居るのは我が息子!! 「打つのだけはやめなさい」と落ちがつく。 座敷遊びの場面では まきさんの三味線と唄に乗って 九雀さんが高座で踊る 賑やかで粋な高座となりました |
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≪ 俳優 吉永小百合 ≫ 05 2018年 1月 6日(土) : 120作目の映画「北の桜守」 . ・・核・原発・平和についても声をあげ続けて・・ |
朝日新聞のフロントランナーに 俳優 吉永小百合さんが 掲載された 3月10日に公開される 最新作 「北の桜守」は 120本目の主演作となる |
戦時下の南樺太からはじまる 「北の桜守」で演じるのは 終戦直後、北海道に引き揚げ、 貧しい中で息子を必死で 守り育てた気丈な母親 老いて過去のつらい体験から 記憶障害を起こす姿にも 取り組んだ |
ライフワークの原爆詩の朗読も 30年以上続けてきた。 最近は 広島・長崎に加え 福島の詩も読む |
小さな声であっても 一人の人間として思うところを 語っていきたい。 一人ひとりが声を出すことが 大事なのです |
1962年の第1作目の 「キューポラのある街」 あの時代、あの場所で 生きていた大人も子どもも みんなの姿が胸を打つ 大切な作品です |
核廃絶、原発ゼロ、平和について 発言するのは その人が どう向き合うかだと思う。 |
私達みたいに 芸能活動が長い人間が 発していかないと。 |
坂本龍一さんの 声高ではないけれども きちっとしたお話のされ方が 素晴らしい 私も語っていこうと 思います |
軍事力での対抗が 必要と言う声に 姜尚中さんは 「世界一の軍事力を持つ アメリカでさえ 9・11を防げなかった。 軍事力で守ることは 出来ない」と。 そうだ、と。 |
ICANにノーベル平和賞が 贈られた事は 素晴らしいことだと思います。 核廃絶を大きな流れにしたことは 素晴らしい。 次は、この国で生きている 一人ひとりが声を出していくことが 大事だと思います。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 吉永小百合さんを 見習っていきたい! |
≪ ノーベル平和賞 ≫ 04 2017年 12月 10日(日) : 核兵器廃絶国際キャンペーン団体 . ICANが受賞 . ・・被爆者のサーロー節子さんの受賞演説に感動!・・ |
2007年に発足し、101カ国468の市民団体が 進めてきた「核兵器廃絶国際キャンペーン」 ICANがノーベル平和賞を受賞した。 ICANの顔として訴え続けてきた サーロー節子さんが 感動的な受賞記念演説を行った |
『私は、広島長崎の原爆投下から生き延びた 被爆者の1人としてお話します』 と、サーロー節子さんは 話し始めた。 |
私たちは、核兵器の生産と実験の為に 被害を受けてきた人々と連帯している。 ムルロア・インエケル・セミパラチンスク マラリンガ・ビキニなどの人々と共に。 放射能に汚染され、人体実験され、 文化を永遠に混乱させられた人々と。 |
フランス領ポリネシアにある ムルロアでは 193回の核実験が・・ |
フランス領だったアルジェリアの イン・エッケルで 17回の地下核実験 |
カザフスタンのセミパラチンスクで ロシアが行ってきた 450回を超える核実験 |
オーストラリアの南部 マラリンガで 英豪が行ってきた 7回の核実験 |
米領マーシャル諸島のビキニで 米国が行ってきた 23回の核実験 これらの実験が 取り返しの付かない深刻な汚染をもたらした。 |
広島長崎の原爆で非業の死を遂げた25万人の魂 このかたまりを感じて欲しい。 その一人ひとりに名前がありました。 一人ひとりが、誰かに愛されていたのです。 |
広島に原爆が落ちたとき、私は13歳。 意識が戻ったときは、瓦礫の下。 誰かが言った。「諦めるな!動き続けろ! あの光に向かって這って行きなさい!」 出てみると、人々が燃え、灰と化し、 蒸発し、黒焦げの炭となっていました。 その中に私の家族もいたのです。 4歳の甥は肉が溶け、水を求めて亡くなりました。 彼は、世界で今まさに核兵器に脅かされている 全ての子ども達を代表しています。 この異常さをこれ以上許していてはなりません。 |
にもかかわらず、広島長崎の原爆を 「正義の戦争」を終わらせた 「正しい爆弾」だった と言う人たちがいる。 核兵器の開発は、国家の偉大さを 示すものではない! 核兵器は必要悪ではなく『絶対悪』なのです。 |
今年7月7日、国連で核兵器禁止条約が 採択された。 かつて人類の「最悪」を目にした私は この日、人類の「最良」を目の当たりにしました。 これを核兵器の「終わり」の「始まり」にしましょう。 責任ある指導者なら、 必ずこの条約に署名するでしょう。 「核抑止力」とは「核軍縮抑止力」でしかないのです。 |
核武装国のみなさん 「核の傘」なるものの下にいる 共犯者の皆さんに申し上げたい。 あなたたちは皆、 人類を危機にさらしている 暴力システムに欠かせない 一部となっているのです。 |
世界の全ての大統領や首相に懇願します。 核兵器禁止条約に参加し 核による絶滅の脅威を 永遠に取り除いてください。 |
今、私たちの光は 「核兵器禁止条約」です 広島の瓦礫の中で聴いた言葉を 繰り返します。 「諦めるな!動き続けろ! あの光に向かって這って行きなさい!」 オスロの街をたいまつをともして 行進するにあたり、呼びかけます。 「この光は、尊い世界が生き続ける為の 私たちの情熱であり、誓いなのです」 |
≪ お茶のお稽古 ≫ 03 2017年 11月 25日(土) : 長板総荘り 濃茶平点前 . ・・軸は「時雨洗紅葉」・・ |
長板総荘りのお稽古 杓立てには 刺し通しの荘り柄杓と 火箸 陽の火箸と陰の柄杓が 対で立てられる |
軸は 「時雨洗紅葉」 時雨紅葉を洗う 紅葉は秋雨に濡れると 一段と鮮やかさを増すものだ・・ 時雨だと残念がることは 何もないのだよ・・との 禅語 |
床の花器には サンシュウユの実 |
ピンクの初嵐(椿) |
足摺野路菊 |
サンザシの実 それぞれが 秋の風情を 茶室に運んできます |
≪ 歴史に学ぶ ≫ 02 2017年 11月 18日(土) : 近江の聖人 中江藤樹の教えに学ぶ . ・・朱子学と陽明学・・ |
学区のすこやかセミナーで、近江の聖人 中江藤樹を知る 江戸時代初期の儒学者であり わが国の陽明学の開祖といわれる中江藤樹 江戸時代初期に 近江の国高島郡小川村 現在の安曇川町に生まれた |
儒学から朱子学、陽明学と学び 封建社会を支えた朱子学でなく 行動派知識人を育成する 陽明学の教えを広めた |
その一つが「致良知」(ちりょうち) 誰でも「良知」という美しい心を持っている。 良知を曇らせないように常に磨き その良知に従い 日々行いを正しくすることが大切 |
「孝行」(こうこう) 私たちの体や心は 先祖から、大自然から授かったもの。 先祖や大自然を敬うには良知を磨くこと 行いを正しく、人々と親しみ合うこと 子どもを温かく育てること |
「知行合一」(ちこうごういつ) 学ぶことによって進む道を知る。 しかし学んだだけで 行動しなければ 本当に知ったことにはならない |
「五事を正す」 五事とは 「貌」「言」「視」「聴」「思」 (ぼう・げん・し・ちょう・し) 「穏やかな表情」「やさしい言葉」 「澄んだまなざし」 「話しに耳を傾け」「相手のことを思う」 五事を正すことが良知に到る道・・ |
「中江藤樹邸」 → 儒教は孔子が大成させた教え。 覇道でなく徳による王道で治めるべきと 訴えた。 日本に伝わったとき 孔子の「先人の教えを尊重」の理念が 「権力者には逆らうな」と解され 支配を強める為に利用された。 |
← 「藤樹の私塾」 朱子学は朱熹が大成した教え。 自然に上下があるように 人間社会にも上下があって然るべきとし、 礼をわきまえ、主君につくすことを説き、 保守的体制作りに利用された。 |
「藤樹書院」 → 陽明学は、王陽明が始めた学問。 関係性を重視し、上を敬い、下を侮らない 「愛敬」を具体的実践とした。 「礼」という形式でなく、 自由な心からの行動実践が肝要とした。 当時の幕府は危険思想として 陽明学者を弾圧したのです。 |
≪ お茶のお稽古 ≫ 01 2017年 11月 4日(土) : 炉開き . ・・ぜんざいと茶花・・ |
11月はお茶のお正月 春〜夏の陽から 秋〜冬の陰に変るとき 陽の風炉から陰の炉となる お香も 陽の香木から陰の練り香となる |
炉開きでぜんざいを頂く 善哉(よきかな)と書いて ぜんざい 「よきかな」とめでたいので 炉開きに頂く お箸は黒文字と杉箸を一本ずつ 黒文字は主菓子であることを示す 餅は本来神様の依り代として 魂の形で丸餅 |
床の軸は 「開門多落葉」 中国、唐の時代の閑適詩 「聴雨寒更盡 開門落葉多」 の一節 雨音を聴いているうちに寒い夜更けが過ぎ 夜が明けたので門を開けてみると あたり一面に葉が落ちていた。 一晩中聴いていた雨音は、朝になってみれば 実は軒端をたたく落ち葉の音だった・・・ という幽寂な閑居の風情 閑適詩とは、日常生活の中で沸き起こる 感興を詠じたもの |
毎年10月29日に行われる 今日庵の炉開きでは 毎年道具は同じ。違うのは点前だけ。 床の軸は 「閑適 開門多落葉」 花は はしばみと椿 |
炉開きの茶花は西王母(せいおうぼ)椿 初嵐(白玉椿)など 冬の花の代表である椿を生け 冬の足音を聞きながら 残り少ない秋の風情を愉しむ |
椿に取り合わせる照り葉は ドウダンツツジの紅葉 まさに秋 |
10月に床を飾った茶花たち 白ホトトギス |
如雨露のように下を向いた ジョウロホトトギス |
ピンクの秋明菊 |
白い秋明菊 |
アキノキリンソウ |
エノコロソウ いわゆる猫ジャラシ |
小さな花弁の 礒菊 |
野路菊 |
刈萱(カルガヤ) いかにも秋の風情 |
・・人にやさしくきもちいい、街にとけこむたてものを・・
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